劇終/OSHIMAI~くだんの件
横浜の相鉄本多劇場に、KUDAN Project『劇終/OSHIMAI~くだんの件』を観にいった。天野天街(少年王者舘)作・演出、小熊ヒデジと寺十吾による二人芝居である。『くだんの件』の初演は1995年、国内では東京、名古屋、大阪、そして海外では台湾、香港、中国の各地でも上演されている。かねてからいろいろ評判を聞き、ぜひ観てみたいと思っていた芝居なのだが、2001年の名古屋公演以来、同じく天野天街が手がけた二人芝居『真夜中の弥次さん喜多さん』の製作にあたって上演が封印されていた。
登場人物はヒトシ(小熊ヒデジ)とタロウ(寺十吾)。芝居の冒頭で、古びたカウンターの奥にいるヒトシが「世の中のなにもかもが破滅してしまえ~ただしこの家をのぞいては」というようなことを叫ぶ。KUDAN Projectのサイトによると、クダンとは、「身体が牛、頭が人で、牛から産まれる。出生の直後に戦争や飢餓等に関する予言を残して、間もなく死ぬ。」とのこと。つまりヒトシ(=人+牛)は「クダン」の暗喩として存在する登場人物であるらしい。ある夏の日、ヒトシのところに浦島太郎と名乗る男が現れる。タロウは集団疎開をしていた子供の頃、このあたりの家の二階で「クダン」を飼っていたと言う。最初は見知らぬ者同士のようにかみ合わない会話が続き、そのなかでいろいろな行為が反復される。2つのコップが無数に増えてまた2つに戻る、また2つのスイカの皮が4つくらいになってまた2つに戻るまるで手品のようなシーン。半分に切られたタロウの名刺がセロテープで貼り合わされ、半分に割られたスイカの皮はガムテープで球状になるようにくっつけられる。そのようなナンセンスだか意味ありげなのかわからない行為の背景では「2」と書かれた日めくりカレンダーがかすかに揺れ、芝居に夢中になっているうちにいつのまにか紙がめくられている。めくられた紙の下も「2」である。古い掛け時計はずっと2時(丑の刻)を指している。
ヒトシは自分には予知能力があるのだと話すと、いきなり現実世界の本物のピザ屋に舞台のカウンター上に置かれた黒電話で注文し、タロウに向かって「今から40分後にピザが出現するであろう」と言ってのける。数十分後、その時点の芝居の進行状況にはお構いなしにドミノピザの宅配の人が現れ、客席を通って舞台上までピザを届けにやって来る。■ヤ→トコヤ→ト占、鰹節→顔つぶし、二階の牛→二回脳死など、言葉遊びがふんだんに挿入され、CDプレイヤーからは蚊取り線香、スイッチ一つで止む蝉の鳴き声、二人の少年時代の回想シーン、現実も記憶もぐちゃぐちゃになって舞台は進行していく。
観客の頭の中をすっかり麻痺させつつ、こんなふうにとっ散らかって展開するストーリーは、二階でタロウが目覚めるシーンにより一気に収束する。「日射病で外に倒れていて、ずっと眠っていた」とヒトシは話す。タロウは竜宮城から帰ってきた浦島太郎のように、自分のおかれた状況がわからずにいる。しかしその脇には先ほどのピザの箱が置かれている。白い幕が降りると無数の毛筆で半紙に書かれた「夢」という文字がプロジェクターで投影され、にぎやかに音楽が流れる。その部分がけっこう長いと思いきや、再び白い幕があがったときには、なんとピザを除くすべての舞台セットが取り払われ、二人は焼け爛れた服を着てからっぽの舞台に立っている。
終演後の挨拶で、小熊ヒデジが「『くだんの件』の再演はもうないかもしれません」ということを話していた。今回の公演を逃したらもう観られないのではないかという予感はしていたのだけれど、本当に観に来て良かったと思った。
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