夜の彷徨
「またりさま全公案連続演奏会」のあとは、桜木町ののげシャーレにギタリストの増田直行さん作・演出の公演を観にいった。案内だけではよく内容がわからなかったのだけれど、第11回横濱演劇祭に参加している公演のようなので、一応演劇公演なのだろう。「翌日のセルリアン・ブルー」というのが劇団名で、「夜の彷徨」というのが公演タイトルらしい。出演は、夏木俊成(言葉)、唯玲(言葉・美術)、久田祐三(パーカッション)、山内勝司(エレクトリック・ヴァイオリン)、増田直行(ギター)、渡辺佐和子(書)。
のげシャーレは、横浜にぎわい座という寄席などをやっている建物の地下2F。その日は寄席の公演はないみたいだったけれど、建物に入った切符売り場のところで、誰もいないのにラジカセでいかにも寄席の会場で流れていそうな和風の音楽を流している。とても妙な雰囲気。エレベーターで地下に降りると、階上とはまったく違った様子のコンクリート打ちっぱなしのモダンな空間が現れた。すぐに増田さんを発見したので挨拶。増田さんはこの公演のためになんとアコースティック・ギターを買ったそうだ。お話ししているうちに、まわりのコンクリートの壁一面が鯨津朝子さんのインスタレーションになっていることに気づく。「あれ、これは鯨津朝子さんのドローイングですね」と話すと、増田さんも鯨津さんのことをご存知の様子。鯨津さんは海外の活動が多くて、長いことお会いしていない。ここで鯨津さんの作品に会うことができてとても嬉しい。コンクリートの壁一面のドローイングは、掃除しても消えないように表面が加工されている。ところどころドローイングした雑誌の小さい切り抜きをタイルのようにして埋め込んでいる部分もある。
受付を済ませて場内に入ると、舞台セットらしいものは特にない、がらーんとした真っ黒な空間。若尾伊沙子さんに遭遇。昼に「またりさま」を観てきた話をしていると、「行きたかったんですよ」と話に加わってくる人が。ヴォイスパフォーマーの富士栄秀也さん。若尾さんのお知り合いだそうだ。それから、サノトモさん、佐藤さんにも遭遇。
公演は、夏木俊成、唯玲による、芝居を観た帰りに隣の駅まで歩こうとしてなかなか行き着かないストーリーの朗読が中心。そのストーリーは一人称で日記か随筆のような文章で語られる。二人とも同じテキストを読み上げるが、同じテキストの中で前に戻ったり、飛ばしたりもしながら朗読していて、知らない道や見覚えのある道を行ったり来たりするストーリーの内容にリンクするかのよう。唯玲は朗読だけでなく、毛糸玉を解きながら、糸で地図を描くようにして舞台上を縦横無尽に動き回る。渡辺佐和子は、大きな半紙を舞台に3枚並べて、ものすごく太い筆を使って墨で線を引く。唯玲の糸はその書の上にも伸びていき、またその上に墨が垂らされたりもする。
ミュージシャンは朗読の声を掻き消さないように即興演奏。エレクトリック・ヴァイオリンはドローン風の持続音中心。パーカッションは叩くタイプのもの以外にも、カリンバ、口琴、チベタンベル、その他多くの小物を使用。増田さんのアコースティック・ギターは、ミュート気味に押さえた弦を激しく掻き鳴らすパーカッシヴな音を強調する奏法や、不協和音のコード弾きなど。3人のアンサンブルによるBGMというわけではなく、各々が朗読や書、美術などと対等なパフォーマーとして、様子を伺いつつ音を出したり出すのをやめたりしているような感じ。でもメタル・パーカッションとギターの弦をこする音でリズムを合わせて、踏み切りの閉まっているときの音を模したようなサウンドを作り出している場面もあった。
増田さんは、最後にメンバー紹介したあと、謙遜して「ささやかな公演」だとおっしゃっていた。皆が完全な一つのものを目標につくりあげていくというものではないし、とはいえ、各パフォーマーがそれぞれ存分に力を出し切ることができていたとも思えない。それでも、全体として十分に興味深いレベルのものに仕上がっていたと思う。朗読されるストーリーが軸にはなっているけれども、朗読もその他の出演者と対等の一つのパフォーマンスのようなものだと言うことができる。なので、演劇というよりはいろいろなジャンルのパフォーマーによるコラボレーション公演として捉えるのがわかりやすい。でも一つ軸になるストーリーがあることによって、舞台公演らしい求心力も生まれていたところがおもしろかった。道にひたすら迷い続けるストーリーは、コラボレーションのネタとして良くできていたと思う。特に唯玲による美術はシンプルだけれど視覚的に印象的で、ストーリーとの絡みという点でも非常に効果的だった。
帰りの電車では若尾さんとお話し。わたしはあまりジャンルのこだわりなしにいろいろ観てはいるけれど、表現行為としてなんでも一緒くたに捉えてしまう大雑把なところがある。その点、若尾さんはもっと細かくいろいろと観ていらして、ダンスのこととか、書のこととか、興味深い視点にいろいろと気づかせてくださった。
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