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3つの雲

辻直之さんの木炭アニメーション作品、『3つの雲』を観に渋谷のUPLINK Xに行った。『3つの雲』は、『呼吸する雲』(2003年/3分10秒)、『雲を見ていたら』(2005年/5分26秒)、『雲から』(2005年/3分50秒)という雲に関する3つの作品から成る3部作で、今年のカンヌ国際映画祭監督週間の正式招待作品である。『呼吸する雲』のパートは、去年UPLINK FACTORYで辻直之さんの作品が一挙上映されたときに観ているけれど、残りの2つのパートを観るのは今回初めて。

会場にたどりつくと、入り口のところに辻さん、音楽担当の高梨さんがいらして、高梨さんが挨拶してくださった。辻さんは2-3回ぐらいお話したことがあるけれど、高梨さんはたぶん去年の一挙上映のときにしかお会いしていないと思う。むしろ辻さんはわたしのことはあまり覚えていなさそうな様子なので、わたしのほうから挨拶。場内では写真家の遠藤さんに遭遇。上映がはじまるまでいろいろお話しをした。

『呼吸する雲』は、木炭で描かれた雲のなかに絡み合う男女の姿が浮かび上がってくる。エロティックで、ちょっと夢見心地な雰囲気の作品。『雲を見ていたら』は中学校の教室で男子生徒がノートに描いた雲の絵が飛び出して増殖し、次々と教室内の生徒の鼻から吸い込まれていく。それは体内に入り込んで増殖していく病原体のようでもあり、逆に雲に飲まれてしまったかのように生徒たちの体が次々と変容していってしまう。どこか不吉な雰囲気を醸し出す映像。『雲から』は、雲の上に寝そべっている小さな人々がベルの音を合図に一人、また一人と地上の街角に飛び降りていく。その様子はなぜか妙にテキパキとしていて迷いがなく、飛び降りていく人同士はまったく関わりを持たない。天空と地上を自由に行き来する人々は、とても自由で軽やかにも見えるし、何か大きな力によって操られているような心もとない雰囲気でもある。心地よくもなんだか不思議な感触を残す作品だった。

これらの木炭画アニメーション作品は、木炭で紙に描かれた線画のイラストを1コマずつ撮影して作られている。部分的に消しては線を描き加えるという作業を地道に繰り返すことにより、映像に動きが生まれる。線を消した部分は、まるで残像のように薄く跡が残るので、1枚の紙でカットを撮り続けている間、失敗は許されない。数分の作品でも、非常に手間と時間のかかる作業の積み重ねによって作り出されているわけなのだけれど、そのような手間をかけられた作品も上映はあっという間。消した線の跡が薄く残る画面の中、まるで雲のように自在に形を変え、場面が変容していく映像を観る行為は、ほとんどマジカルとしか言いようがない。ちなみに同様の手法による木炭画アニメーションの作家としてはウィリアム・ケントリッジが思い浮かぶ。ウィリアム・ケントリッジの作品は2001年の横浜トリエンナーレ、2002年に水戸芸術館でおこなわれた「スクリーン・メモリー」展などで観たことがあるのだけれど、やはり非常にすばらしかった。

『3つの雲』3部作のあとは、辻直之さんの旧作上映。いずれも去年の一挙上映でも観ている作品だけれど、以下のとおり近作から順に上映された。

『闇を見つめる羽根』(2003年/17分/木炭画アニメ)
『experiment』(1997年/4分/コマ撮り+ペン画アニメ)
『夜の掟』(1995年/6分/木炭画アニメ)
『消えかけた物語たちの為に』(1994年/10分/人形アニメ)
『覚めろ』(1992年/4分/人形アニメ+ペン画アニメ)。

『闇を見つめる羽根』は、去年カンヌ国際映画祭監督週間に招待された作品。旧約聖書の天地創造やノアの箱舟をもイメージさせるダイナミックな世界観、果てしない拡がりを見せる想像力に心を奪われ、圧倒されてしまう力作である。去年観たときのトークショーでは、長い中断をはさんだりもしながら数年かけて描いて撮り続けた作品と話していた。映像作品が持つ画の迫力ということで言えば、これまでに観た辻さんの作品のなかで一番すごいと思う。

『experiment』はタイに旅行したときにコマ撮り撮影された風景と、右端の細長いペン画アニメーションのエリアに画面が分割されているという実験的な作品。色鮮やかな風景と空の青さが印象的。実写の風景を取り込んだこの作品は、辻さんのフィルモグラフィーの中では異色と言うことができそう。

人形アニメの手法が用いられた初期の作品は、やはり非常に丁寧なつくりで観ごたえがあるし、レベルも高いと思う。しかし、シュヴァンクマイエルなどシュールなチェコアニメの影響がもろに見受けられてしまう点が残念と言えば残念。辻さんのイラストはとても素敵なので、やはり木炭画アニメの作品のほうがより興味深く観ることができる。ペン画アニメもやはり辻さんのイラストに味わいがあってなかなか良いのだけれど、残像のように消した線が残っていく木炭画アニメの映像は、より情感豊かに伝わってくるような感じがする。

『夜の掟』は、辻さんが手がけた最初の木炭画アニメ作品。やはり近作のほうが木炭画アニメの特徴を存分に生かした躍動感を感じることができるけれど、この作品の静かで暗い感覚もぐっとくるものがある。

上映終了後はドラァグクイーンのヴィヴィアン佐藤をゲストに迎えてのトークショー。しかしまだ到着していないとのことで、この上映の企画者である鈴木朋幸によるインタヴュー形式で辻さんのトークがはじまった。『呼吸する雲』は、最初から最後まで1枚の紙しか使っていなくて、その1枚の紙に消して書き足していくのみで完結している1カットの作品なので、今までで最も短い制作期間でできたとのこと。この作品を作ったあと、雲に関する3部作にしようと思って残りの2作品を作ったのだそうだ。『雲を見ていたら』は、描いているうちにどんどん怖い作品になってしまったと思い、最後の『雲から』は少しほっとできるような作品にしようと思って構想したとのこと。

やがてヴィヴィアン佐藤が到着。ヴィヴィアン佐藤は、ドラァグクィーンとしてパーティやイヴェントに出演する以外にも、店舗ディスプレイやイラストレーション、ライターとしても活躍している。イラストを描くことにより、その副産物のような形で映像ができていく辻さんの手法のおもしろさという観点から、短い残り時間のなかで手際よく語っていた。それに対して辻さんは、「イラストは昔から好きで描いているのだけれど、描いているうちにだんだんのってきて、むしろ描かされてしまうようなところがある」というような発言。

トークのあとは『3つの雲』の撮影に使われた原画イラストが展示されている階下のギャラリーに移動。ギャラリーといっても、バーカウンターの後ろがショーケースのようになっているささやかなもの。原画イラストは、それぞれのカットの最後のコマで撮影されたものになる。だから、1カットで完結している『呼吸する雲』の原画イラストは1枚だけ。原画イラストは最終カットの絵にあたるわけだけれど、消した線が何十もの層のようにうっすらと残っていて、そのカットの映像のすべての痕跡をじっくりと目にとどめて観ることができる。

去年のUPLINK FACTORYでの上映時は『闇を見つめる羽根』の原画を観ることができたのだけれど、それに比べると『3つの雲』の原画は紙のサイズが小さい。辻さんに直接尋ねてみたら、「大きい紙だと制作に時間がかかりすぎてしまう」とのこと。トークショーでも、「描いているうちにどんどんテーマが膨らんでしまってわかりにくいものになってしまう」ことを気にしていた様子だったので、『闇を見つめる羽根』での反省点を踏まえて、今回は短期間での製作を心がけたのだろう。伝えたい内容もコンパクトで、わかりやすいものになったと言うことができるかもしれない。とはいえ、数分間であっというまに作品を観終わってしまう観客にとって、1度観たぐらいで伝わってくるイメージはかなり抽象的なものとならざるを得ない。

その一方、1つのカットに何日も費やして作品を作り上げていく作家にとって、作品に具体的な思いがいろいろと籠められていることは間違いない。「『呼吸する雲』はエロティックな感じの作品だけれど、『雲を見ていたら』と『雲から』にはそういう要素がないですね」ということを話したら、「『雲を見ていたら』はとにかくとんでもなく怖いホラー映画をつくってしまって、自分でもこんなに恐ろしい作品にしてしまって良いのだろうかと思った」というような答え(トークショーでもそのことを話していた)。話が噛み合っていないなと思ったけれど、辻さんと話していると、とにかく作者としての作品に対する強烈な思い入れが伝わってくる。辻さんのイラストのタッチはちょっとほんわかしたところもあるし、ぱっと観た雰囲気ではホラー映画と言ってしまうほどの印象は受けなかったというのが正直なところ。なんとなく薄気味の悪いような、ちょっと怖い印象は確かにあったのだけれども。上映された作品を観ても、その思いのほんの数パーセントしか受け止めることができていない、もしかしたら全然違う方向性で作品のことを受け止めているのかもしれないという当たり前のことを思い知らされて、なんだか申し訳ないような気分にすらなってしまった。

そのようなわけで、上記の『3つの雲』に対する感想は、観たそのままの印象というよりは上映後に辻さんに聞いた話の内容を踏まえたものになっている。それでも、まだ自分の感想にそんなに自信があるわけでもない。別に批評じゃなくて感想なのだから何でもいいのだけれど、やはり作家に対する敬意というものがあるならば、それなりの方向性できちんと受け止めて捉えることが重要なのであろうと個人的には思っている。

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