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宍戸幸司

午前中から千石の三百人劇場でおこなわれているソビエト映画回顧展へ。

一本目の『猟人日記-狼-』(1977年)はツルゲーネフの原作をロマン・バラヤン監督が映画化。少ない言葉数で自然描写を際立たせた美しい作品。険しい嵐の夜と緑豊かな昼間の風景とのコントラストがとても印象的。

二本目『カラマーゾフの兄弟』(1968年)は、イワン・プィリエフ監督がドストイェフスキーの原作を映画化した3時間44分にも及ぶ大作である。原作のどろどろとした人間の狂気やだらしなさ、また一方では高邁な精神をあますことなく表現する役者の迫真のこもった演技、そして手抜かりのない格調高い演出。途中で1回休憩をはさむ3時間40分という長さがまるで苦にならなかった。

それから徒歩30分強歩いて、「チェコのマッチラベル展」が開催されている根津のカフェNOMADへ。ちょうどテーブルが一つだけ空いているというタイミングで入ることができて幸い。展示はテーブルなどがつけられていない一箇所の壁にまとめられているので、他の客をはばかることなくじっくりと観ることができる。しかし逆に言えば、席にもよるけれど座ってお茶を飲みながら展示された作品を楽しむという状況ではないのがなんとも残念。壁に貼られているマッチラベルは展示のごく一部で、あとはクリアファイルにはさまれているのをめくって観るようになっていた。

「チェコのマッチラベル展」は今年の2月に渋谷のパルコブックセンターにあるギャラリー、デルフォニックスでもおこなわれていたのだけれど、その時は展示即売会状態で、シートで売っているものやバラで売っている1枚1枚のマッチラベルまで、雑多なデザインのマッチラベルを直接手にとって楽しめるのがよかった。今回の展示は厳選されてちゃんとシートになっているものだけを扱っているので、だいぶ印象は違った。

それから都バスで早稲田まで移動。時間はけっこうかかるが、いい具合に1本で行くことができるのである。そして西早稲田のジェリージェフへ。割礼の宍戸幸司のソロライヴ他を観にいった。

たどりついたときは1番目のチハヤトシバタの演奏中。混んでいる様子だがとりあえず中に入ると、店の奥まったところに1つだけ席が空いていて座ることができた。チハヤトシバタは、ふくろの千早聡(ヴォーカル/ギター)とDoodlesやINISIEの柴田奈緒(ドラムス)のデュオだと思っていたのだけれど、みみのことやINISIEの竹内宏明(ベース)が加わって3人編成だった。千早聡を観るのははじめて。お店に入ったときは激しい轟音でギターをかき鳴らしていたけれど、その後唄モノの曲もやっていた。

2番目はDoodlesの寺島暁子(ヴォーカル/ギター)とChe-SHIZUや元みみのことの西村卓也(ヴォーカル/ベース)のデュオ。1年少し前、西村卓也がみみのことを脱退して以来、このデュオでのライヴは度々おこなわれている。このユニットでは西村卓也もヴォーカルをとるらしく、いったいどんな感じなのだろうと気にしていたのだけれど、タイミングが悪くてなかなか観る機会がなかった。結局、西村卓也のヴォーカルは、今年3月の工藤冬里+西村卓也+高橋朝のユニットでほんの少しだけ聴くことができたのだけれども。

このデュオでは、曲によって寺島暁子がヴォーカルだったり、西村卓也がヴォーカルだったり、1番と2番でチェンジしたり、ツインヴォーカルだったり。寺島暁子が弾き語りをするバックで西村卓也がベースを弾くという形式ならあまりにも分かりやすく、容易に想像がつく音楽になったと思うけれど、あくまで二人とも半々という感じでやっているのがなんとも言えない雰囲気で、独特の味わいを生み出していた。最後はなんとギターとベースをチェンジして、西村卓也ヴォーカルでPink FloydのFat Old Sunを演奏。

最後は宍戸幸司(ヴォーカル/ギター)ソロ。割礼のライヴには良く行っているけれど、宍戸幸司ソロを観るのは3年ぶり。これまで何度か観た宍戸幸司のソロは、基本的には割礼の曲をそのまま一人でやっているような印象。割礼はなんといっても宍戸幸司そのもののバンドだから、それが自然だと思う。この日のライヴは、場所の雰囲気もあるかもしれないけれど、あまり歪ませないクリアな音で、ゆったりとしたアルペジオやコードで演奏していた。それでも割礼のときと印象はそんなに変わらない。やはりスタイルが確立しているというかなんというか。でも一音音を出しただけで圧倒的な存在感。

この日は「ルシファーの悲しみ」や「揺れつづける」など、割礼では最近あまり演奏されていない曲も演奏されて嬉しかった。そして詩の朗読も。「髪の長い人に後ろから声をかけたら男の人だった」というようなすっとぼけた内容で、どっぷりとはまった世界からふっと突き放されるような感覚。それに続いてすぐ演奏したのが「崖っぷちのモーテル」。一番最後は歪んだ音で何か曲を弾きはじめるかと思いきや、途中で弾くのをやめちゃったような感じの曲。ソロの場合はバンドでやるときよりもラフに、音作りもそのときの気分で変えたりしながらやっているのかもしれない。

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